春漂流記

目指すは「無意識」の存在証明。

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12 2005

ただそこにあるものが答えなんだって知ってる僕らはとても汚くてそして愛すべき存在。

世界の中心がどうとかいうようなタイトルの作品が話題になったとき、私は思った。
「私の世界の中心はどこにあるんだろう」って。


kanaaminomukou




以前、教会で、韓国から来た今の私と同じくらいの年齢の若者たちに「今、君の心の中心には、君がいる。だから、君は感謝するということを知らないし、君の心の中は本当は空虚で、世界はまだ灰色なんだ」と(英語で)言われたことがある。
「君が神様を信じて、心の中心に神様がいれば、君はもっと豊かな人生を送ることができる」そう彼らは続けた。

その後、私はややあって神様とやらを信じるようになった。
でも、私の心の中心には未だに何があるのか分からない。

神というのは、単なる道標でしかない。少なくとも、私はそう思っている。
だから、本当に「信じて」いるのか?と聞かても「はい」と迷わず言えるか、ちょっと自信がない。

私は、「生きること」という大きな命題に対する答えとしてキリスト教を選んだだけだ。

殺して、騙して、嘲って…歴史の教科書の中はそんなのばっかりだ。
別に、それに幻滅するような幼い私ではなかったし、過去なんて結果に過ぎないと思ってた。
償うことも、隠蔽することも、歪曲することも、後悔することもできる。
でも、変えることは無理だ。

でも、それらの愚かな行いは、その時もまさに行われていた。そして、今も。
私は、それが嫌だった。

それを、解決する術なんて、簡単に見つかるはずないことも、知っていた。

神も、愛も、お金も、根本的に何も解決してはくれない。
私は、そう言ってなにもかも解った振りをしていた。

でもある時、私にこう言った人がいた。
「神も、愛も、お金も、ある程度はなんでも解決してくれる」と。

たしかにそうだ。
私たちの心の中には、なんかなんでも吸い込んでしまって、永遠に塞がることのない穴があいていて、それのせいで人間は絶対にこの世界に満足できないけど、ある程度なら満足できる。

ある程度ね。

「それで良いや」
そう思った。

話がずれた。ずれまくった。

ところで、あなたの世界の中心には何がありますか?
私の世界の中心は、まだどこにあるのかさえわかりません。
もしかしたら、今立っている所が中心かもしれないのだけれど。

もしも、世界の中心を見つけたら、どうしよう。
私はそこで何をしよう。

眠くなってきたら、何を書いてたのか解らなくなってきた。

もういいや。寝よう。

世界の中心で、へたくそなパントマイムでもやってみようか。

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Posted by | 03:49 | Comment [0] | TrackBack [0] | 妄想特急

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