春漂流記

目指すは「無意識」の存在証明。

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13 2008

桜池

「おい、頭山って知ってるか?」
活字を追うことに夢中になっていた私の頭の上から、先日結婚したばかりの同僚の、湿り気のある声が降ってきた。「え、いや、」読みかけのページに指を挟んで閉じてから、顔を上げる。私の思う、不快感というものを形にしたらこんな顔になるかもしれない、とぼんやり思う。
「あたまやま、ですか。いや、うーん」我ながら頭の悪い返事だ。どこかで聞いたことのあるフレーズだが、思い出せない。仕方ないので、わざとらしく頭をひねって見せる。
「落語だよ、落語」
沖田という名前の同僚は、私のデスクに腰を預けながら、二回目の「落語」で語気を強めた。まるで、「お前はいつも本を読んでいるくせに、物を知らないんだな」と言わんばかりの、いわゆる勝ち誇った笑顔だった。私は、この男が更に嫌いになった。
そこで、私はその「あたまやま」についてはっきりと思い出したが、うなずくより先に沖田が口を開いた。
「頭の上に桜の木が生えて、うるさいから抜いた穴に自殺するんだよ。ここまで言えばわかんだろ?」そんな説明で頭山の何が分かると言うのか。
「ええ、まぁ」
「じゃああれだ、」なるだけ気のない返事を心掛けたつもりだったが、私の意に反して沖田は話を続けるつもりのようだ。「お前、あの話面白いと思うか?」
虚を突かれた気になった。正直、この男は相手に意見を求めるタイプではない、と見ていたからで、素直に驚いた。驚いたついでに「ああ、いや、良いんじゃないですか?シニカルで遊び心もあるし」と、思ってもみない感想だか評論だかが私の口から飛び出した。
沖田の方からしても意外だったに違いない。私がまともに、この男の相手をすることなど今の今までなかったからだ。
沖田は「あ、おお」と小さく声を漏らしたが、またいつも通りの横柄な態度に戻って続けた。
「俺はな、ナンセンスだかシニカルだかなんだか知らんが、ああいう話は嫌いなんだ」
「どうしてです」今度もまたスルッと受け答えの言葉が出た。もしかしたら、私はずっと、この沖田という同僚とコミュニケーションを取りたかったのかもしれない。いや、それはない。
「俺の女が浮気しやがったんだ」
「はぁ」急に話は変わったようだ。
「昨日久しぶりに定時であがったんだがな」
「はぁ」そうですか。
「帰ったら俺の部屋にな、俺の女以外に知らない男がいたんだ」
沖田は淡々とした口調で言う。しかし表情は少し固く、すでに私の方は向いていなく、じっと窓を見ている。私はどういう顔をしているだろう。
「腹が立つとかじゃねえのよ」確かに、沖田が腹を立てているようには見えない。私はうなずき、先を促す。
「まぁ何となく、そんな気はしてたんだが、奴等かなりびびってたな」
そりゃびびるだろう。「そんな状態でびびらないのは、イタリア人くらいでしょう」自分で言ってて何だが、酷い偏見だと思う。
「それは人種差別ってやつだ」おっしゃる通り。
「だがな、その後が傑作だった」
沖田は少し興奮しているようだ。フンと鼻を鳴らし、「野郎、女のスカートの中にかくれやがったんだ」と、面白くもなさそうに言った。
「それは」何と返せばわからないので、「傑作ですね」と、面白くなさそうに言ってみた。
「だろ。で、女は泣いてんだ。どうしたもんかと思ったが、女のスカートの中を思いっきり蹴り上げて」
私は唾を飲み込んだ。
「そのまま飲みに行った」
「酒を」
「ああ」
「えーと、二人は」
「知らん」
沖田は顔を私に向けた。もう興奮していないようで「帰ってないからな」と言い、腰を浮かせた。興奮していたように見えたのは、気のせいかもしれない。
だが、その後「死んだかもしれねぇな」とポツリと言った。
新婚の男に降りかかった哀悲が覗いた気がした。
がしかし、私の興味は違うところに向かってしまっていた。
「あの、」聞かない方がいいのかもしれないが、礼儀のつもりだったのかもしれない。
「何だ?」
「それと頭山に、いったい何の関係が」
こちらを振り返らずに、沖田はフンと鼻を鳴らして黙った。案の定、関係ないのかもしれないと思ったが、「あのな」と沖田は続けた。
「ポテトサラダを頼んだらサクランボがのってたんだ」
「ええ」昨夜の飲み屋でのことだろうか。
「間違って飲んじまったんだ。種」気のせいか、沖田の声は鼻がつまったようにこもっている。
「もし桜が生えたら」沖田は鼻をすすった「頭に身を投げるのも悪くないかもな」

その日も、その次の日も会社に警察が来るなんてことはなく、沖田は相変わらず嫌な奴だ。
だが、彼の左手の薬指には指環がはまったままで、彼の頭から木が生えてくる兆しも無いように見える。

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Posted by | 17:08 | Comment [0] | TrackBack [0] | 妄想特急

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