春漂流記

目指すは「無意識」の存在証明。

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20 2008

キサラギ

アイドルに、嵌まったことのない私には、いまいちファン心理というものがわからない。というか、どうも芯からオタクになりきれない性格なので、何かひとつのものを徹底的に追い続けるなんて経験がない。したがって、どうも、こう、何かしらのオタクという人たちには引け目を感じてしまう。そんな必要は無いんだろうが。
浅く広く、時たまやや深く。そんな信条で生きてますってなもんで、ここら辺、なんともまったくどうにも自慢できる話ではない。
でも、おそらく、この25年間、オタクエンカウント率は非常に高かったと自負している身とすれば、小栗旬の演技には脱帽した。
「ああ、こんな人いるいる、いるなぁ」と、思わず唸った。
でも、そんなこと考えている時間も束の間、物語に引き込まれてしまい、なんか、オタクとかそういうのどうでもよくなった。
手法としてはありきたりなのだけど、だからこそ非常に高度な演技力(主に間の取り方か)とか、構成が要求される。それが、密室推理劇(?)とかそういう類のものだと思う。
よくできてると思ったことのなかに、物語に引き込まれるんだけど、どうしても一歩引いた目線でしか観ることができない、という距離感がある。
それは、当事者じゃないからとか、オタクじゃないからとか、フィクションだからなんじゃなくて、これがアイドルの話だからなのだと思う。
偶像。いるんだけど、いない。つかみどころがない。現実に、確かに存在するものなのに、その存在が現実と乖離している。小栗演じる「家元」が感じている如月ミキとファンとしての自分との距離感が、見事に演出されている。様な気がする。
大体、あまり名の売れていないアイドルが自殺しても、ちょっとしたニュースにはなってもすぐに大半の人々の記憶から消えてしまう。その出来事自体に現実味がないのかもしれないし、しょっちゅう起こる悲しい事件のひとつと片付けられてしまうということでもある。それによって、たくさんの人が悲しんでいるのもわかるのだけど
登場人物一人一人にスポットが当たっては、急転し、落ち着いて、事実が一つずつ明かされていく。現実ではあまりお目にかからない展開ではあるけど、「実は…」という、ドラマティックな自分語りの一つや二つ、大抵の人間が持っている。それを大袈裟にすると、この映画みたいなことになるんじゃないか。
皆が皆、疑問と疑惑を抱えていて、それらがパチンパチンと弾けて消えていく。後には空しさしか残らないのだけど、それはそれで清々しい。
それで終わらないのが、いやらしいところなんだが。
何かに没頭するあまり、周りが見えなくなる。
端から見ると滑稽であっても、真実を追求するなんてそんなもんだと。

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Posted by | 08:22 | Comment [0] | TrackBack [0] | パンドラの箱(映画評)

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