春漂流記

目指すは「無意識」の存在証明。

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16 2008

エーテルの風

大気中において音が空気を震わせて伝わるように、宇宙空間(地上も宇宙よ)にはエーテルが充満しており、光はエーテルを振動させて伝わる。
というのがエーテル理論。
つまり、大気中で移動すると大気(空気)が顔に当たる(抵抗がある)ように、無い宇宙空間を移動すると、エーテルが顔に当たる。
光がエーテルを振動させるということは、その光量によってエーテルの振動数は変化する(はず)。
その振動数の差異は、空気で言うところの対流を生じるはずであり、即ちエーテルは振動数が高いエーテル(重いエーテル)と振動数が低いエーテル(軽いエーテル)の間を風のように宇宙空間に流れを作っている(はず)。その対流を利用してエネルギーとする帆船や気球(飛行船)のような宇宙船を作ることができれば、少ない燃料で宇宙旅行ができるのではないか。しかも、すごい速さで。
しかし、光速はいかなる状況においても不可変であるとかいう理屈が、物理学の定説(というか定理)であるからして、現在、エーテル物理学はSFの中にのみ生息する、ある種のトンデモ学説に数えられる。と思う。
だがもしも、エーテルを観測できたりしたらノーベル賞は固い。しかも物理学の世界がひっくり返る。
どうも、ガイナックスという会社に関係してくるSF者達はエーテル宇宙論がお好きなようで、鶴田謙二もその例に漏れない。

「Spirit of Wonder」は、漫画家(ここ強調)鶴田謙二のライフワーク的連載作品群であり、10年ほど前にやっと一冊にまとまって以来音沙汰なしという気の長いスパンでファンに愛され続けている。
作者本人が言う通り、安普請かつ行き当たりばったり感に溢れる作風だが、屋台骨というか地盤にあたるSF的前提が余程しっかりしているのか、もしくはごまかされているのか、安心して楽しめる。が、楽しもうにも現物が少なくて困る。
出て来るのは癖のあり過ぎるオッサンばかりである。
しかしそんな中、出て来る女性は皆ほぼ例外なく美人で巨乳。そして人妻。チャイナさんは人妻ではないけど、やっぱり巨乳。
(というか、私の書架を見ると、魅力的なオッサンを描く漫画が多い。気のせいではなさそうだ。まず、一番目立つ位置にあるのがパトレイバーなことからして…。しかしながら、私は巨乳好きというではない。貧乳はステータスだ、と言ったのはこなただったが、私もそう思う。って、何をカミングアウトしてるんだか。でも野明は巨乳という訳ではないと思う)

ただ、強いて言えば、一つだけ気になるものがある。残念ながらエーテルはあまり関係ないが、作中で何度か出て来る瞬間物質転送装置のことである。仕組みはよくわからんが、2対の円形の液晶テレビのような形状で、その円形の平面は互いに空間的(?)に繋がっており、片方の平面に手を突っ込むともう片方からその手が出て来るというような、非常に空想科学のお手本ともいうべき現象を起こす。どこでもドアと少し似ているが、この装置の場合、入口と出口を個別に設置する必要があるため、入口のみ用意すればどこへでも行ける点において、どこでもドアの方がかなり優秀である。
じゃあ、その装置を起動させたまま、装置平面に対して前方に動かすとどうなるのか。理屈では、動かした分だけ平面に接した筒状の空間が反対側の平面から出ていくことになる。※補足として、恐らくこの装置は、装置に対し何かしらのアクションを起こさない限り、空間的な繋りはあってもそれ以外の物質(空気とか)の移動は無いものとする。(じゃないと、僅かな気圧差により、風が巻き起こって(気流が生じる)えらいことになる)
だが、これは片側から手を突っ込んだ場合も同様だが、考えてみると非常に由々しき事態なのである。
SF世界において物質転送による瞬間移動技術が抱えるジレンマには、大きく分けて2つある。一つはその移動時間が見掛け上で光速を超えてしまうということ。これは説明のしようがないので、素粒子が~原子の再構成が~空間構成そのものの書き換えを~量子スピンが~などとと言ってごまかすしかない。そしてもう一つは、この世界に本来の意味での真空が存在しないということだ。つまり、もし転送した先に何かがあったら、転送された物体はどうなるのかということである。ハエ男もありうる。じゃなくて、核融合が起り、爆発的なエネルギーが産み出され、最悪の場合…
ややこしくて考えるのも嫌になってきたな。
この装置の場合、空間を移動するために平面を利用するのだから、出口側の平面の先に壁があれば、入口の段階でぶつかることにはなるだろう。
しかし、例えば出口側の装置が水中にある場合はどうなるか。空気のやり取りが無い=水が流れ込んで来ることも無いので、手を突っ込んだ場合、手はどうなるのか。水は空気と違ってほとんど体積を変えない。
いや、手の体積の分だけ向こう側から水が流れ込んでくれば問題ないか。そう仮定すれば、この装置に問題はないか。
原理はわからんけど。
もしも、我々が映画やアニメでよく見る、いわゆるスタートレックのような転送装置の場合、その場所にあった水はどうなるのか。もう一歩踏み込めば、空間自体が重複したらどうなるのかが、気になってしかたがない。というか、怖い。やはり核融合か。
だいたい、転送された向こう側に着いた人間は、転送される前と同じものなのだろうか。(素粒子レベルに分解され、量子スピンの働きを利用して目的地で再構成された転送者が、自らのアイデンティティーに疑問を持つというような作品も多い)
たかがフィクションにそこまでリアリティを要求するほうがおかしいと思う人も多いかもしれないが、SFというのはそこが大事なのだ。
例えば、山本弘(よく出てくるなぁ)が提唱するSFの定義は「幽霊が目の前に現れたとする。幽霊に驚き叫び逃げ惑うのがホラー。幽霊と友達になるのがファンタジー。幽霊を捕まえて研究しようとするのがSFである」というものだ。
努力や根性さえも数値化し、その未知のエネルギーが物理法則に影響を及ぼす過程を科学的に説明してこそSFなのだ。
かと言って、マイクロブラックホールのシュバルツシルト半径が云々などと言われても、果たしてそれに説得力があるのかどうかまでは理解できないのだけど。

個人的には第一話「広くて素敵な宇宙じゃないか」が一番お気に入り。
私はどうも海面上昇後の世界が好きなようだ。

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