春漂流記

目指すは「無意識」の存在証明。

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13 2008

ポニョのこと

『崖の上のポニョ』観賞後に。

散々、ジブリ系譜作品を観てきましたが、初めて宮崎駿という人物の内面に触れた気がした。いや、気のせいなのかもしれないけど。
でも、それは置いとく。

映画が終わって観客達が席を立つ時、その映画の評価がよくわかる。
もうちょっと言うと、エンドロールが終わって、明かりが仄かに灯って、立ち上がる前、2、3秒の間がある。連れと目を合わせて微妙に笑ったり、深呼吸をしてたり、頭を掻いたり、「あー」とか「んー」とか唸ったり、足下を見つめたり、伸びをしたり、微かに溜め息をついたり、ニヤニヤしたりして、席を立つのだ。
今回、一番後ろの席で観たからというのもあるが、何と言うかすごく微妙な空気が館内に充満したのを感じた。他の観客たちの不満とか不消化が透けて見えたのだ。明らかに、満足げな人の方が少なかったのだ。
で、ふと思った。
みんな、あからさまな嘘(フィクション)がいつから嫌いになったんだろう…と。
いつから映画にはリアリティ(常識ともいえる)ばかりが求められるようになったんだろうか。
誇張表現ではなく嘘である。
誇張表現というのは、例えば驚いて目が大きくなったり、大声を出す時に口が大きくなったり、汗を異常なほどダラダラかいたりする、いわゆるまんが的な表現だ。デフォルメもこの中に含まれる。
では、嘘とは何か。
例えば、魔法の存在は嘘である。主観の問題ではなく、これが嘘でないとファンタジーは成立しない。
まぁ、前提がフィクションである以上、言ってみれば作品全体あらゆる設定が嘘ともいえるが、そういう話をしているわけではない。
『海に魔法使いがいる。彼は海を愛し、海洋生物を愛し、いつの日か地球に再びデボン紀のような海の時代を取り戻そうとしている』
これは嘘か?
嘘だ。
しかし、物語の中では嘘ではない。信じがたい話だし、物語中の常識ともズレるが、その存在は明らかだ。
即ち、映画の外側にいる我々にとっては嘘だが、映画の内側においては、信じられないけど本当の話ということになる。
つまり、物語上の真実に他ならない。
フィクションにおいて、設定は神である。神は嘘をつかない。
神を疑った時点で、物語は魅力を失うのだ。
「ありえない」ことが起こるから、驚き、笑い、憤り、感動する。
映画館の中、スクリーンの前に座った時点で、ポニョの存在は真実に他ならない。
映画の外(私たちが普段暮らすこの世界)には、ポニョはいないかもしれないけど、映画の中にはポニョが本当にいるのだ。
バットマンだって、カーク船長だって、貞子だって、青島刑事だっている。
フィクションを嘘だと言ってしまうことは簡単だし、それもまたこの世の真実だ。
ネコバスは空を飛ぶし、ルパンも空を飛ぶ(?)。
あからさまな嘘だが、それが真実に取って代わることができるからこそ、私たちは物語を愛す。
いったい何が不満なのかね?
大衆に迎合し過ぎたとでも言うのか?
だったらデビット・リンチとかフランシス・コッポラとかの作品だけ観てやがれっての。(暴言)
それとも、ノリが軽いとでも言うのか?
トトロだって充分軽いと思うが。
主人公5歳だよ?あれ以上の試練を望むのか?
登場人物がおおらか過ぎるだって?
人間性の理想を撥ね除けてまで我々の常識を押し付けて面白いのか?
あの素敵にシンプルなラストに不満でも?

宮崎駿監督は、物語の醍醐味ってやつを知ってる人なんだろうと思う。
ただ、私もなんだけど、その感覚が古いのかもしれない。
目だけは肥えていて、それ故に話題性と満足度の見分けがつかない消費者たちには、あらゆるものに『解説書』が必要だし、『後日談』まで必要なのかもしれない。まったく、大人になればなるほど、『設定』ばかりが大切にされる。
誰かの考えた結末と、自分が考えた結末が一緒じゃないといけない法なんて無いはずなのにね。

先日、トランスフォーマーをボロクソ言ってましたが、何となくわかったんですよ。
トランスフォーマーは、嘘に説得力を付加しようとする力が弱い。お決まりの展開に、お決まりの台詞、子供騙しのギャグや国家機密。地球規模のスペクタクルをやる気があるようには見えない。
現実に引っ張られすぎて、自ら物語に限界を作ってる。
ポニョはどうか。まず、現実に寄り添ってないところから、物語への感情移入を容易くしている。
海岸線の入り組んだ僻地が舞台になっている時点で、文明への依存度が下がる。すると、外界の存在が自然とぼやけるのだが、船があることで外の世界があるのもわかる。世界がなんとなくあるというのがわかるだけで充分なのだ。
おとぎ話に世界情勢は必要ない。
キスをしたら夢から目覚めれば良い。
それに、世界規模の危機がお気楽に見えるのは、『おとぎ話』だからという理由じゃ足りないのだろうか。
結局は、小さな愛の物語なのである。それで世界が滅びようが何だろうがそこは問題ではない。
男の子と女の子が世界を救うというようなおおそれた話ではないのだから。
自分たちの、本当に個人的な未来を救う話でしかない。半径3mに大切なものはそろっているとはよく言ったもので、直径6mの円を作れば家族や恋人や友人の大部分は入りきるんじゃないだろうか。
それを守るというだけで、私たちの両手はいっぱいだし、世界なんて大き過ぎて手に余る。
時代が移り変わっても、『おとぎ話』は色あせない。

ただ、ひとつ言えるのは、私たちの世代以降(いや、35歳以下くらい?)の深層記憶にはすでに『懐かしい風景』が存在しないのではないかという悲しい事実だ。
トトロを見て、懐かしいと思えるのは、人にも育った場所にもよるが平均25歳くらいではないか。
ここ数年で昭和の町並み(高度経済成長期初期まで)や、大正ロマンを食らい尽くしたメディアと消費者がふと我に返って見たものは、もはや掘り返すことのできるノスタルジーすら残っていない失われた10年だった。
そんなの切な過ぎるよ。
我々はポニョにノスタルジーを感じただろうか。
感じないといけないなんて話は無い。ポンポン船もV字アンテナも薄型テレビも別に何か特別感じないといけない気持ちは無いはずだ。
だけど、「なんかちょっと懐かしいような、甘くて温かい記憶」を刺激はされたんじゃないか。
靴を脱いで裾を捲って海に入る時に、はちみつの瓶を開けるしぐさに、チキンラーメンができるのを待つ間に、マッチでロウソクに火をつける瞬間に。
虫かごの中の虫がいなくなっていたり死んでいた時の悲しさとか、捨て猫を拾って帰ったこととか、両親の帰りが遅かった夜とか、深夜の雷で目が覚めたりとか、カルピスの原液の分量が多すぎて咳が出たりとか、朝顔の花の数が少なかったとか、男の子なのに親戚の人たちから「かわいいねぇ」と言われるのが嫌だったこととか、プールの反対岸が暗くて何かいそうで怖かったとか、5(6)時のチャイムが恨めしかったとか。
ここはノスタルジーの墓場か。
ポニョを観た現役の子どもたちが、大人になってもう一度ポニョを観て、笑って「懐かしいなぁ…」と思うのかどうか。
それは、私たちのいる今現在よりも未来をいかに今よりも悪くしないかにかかっているのかもしれない。
携帯電話の出ない作品を見て、果たして子どもたちが懐かしいと思うのかは謎だけど、よく考えたらトトロにテレビは出てなかった気がする。
私が心配するような話ではなかったのかも。
読んだ人(だいぶ物好き)から1500文字分くらい時間返せって言われそう(苦笑

私個人としては、ポニョは良い作品だと思います。
おおそれた夢とか理想とかを描きづらい時代をよく表していると思います。
約束された幸せとか、なんとなく見えるちいさな希望とか、ジブリ作品らしく、結局は地に足の着いた理想…幸せは目を凝らせばたくさん転がっていて、それを幸せと思うかは心の物差しが決める…みたいな、『壮大な小さな幸せ探し』が徹底されていて安心して楽しめましたし。
往年のジブリファンへのプレゼント演出も(ちょっとやりすぎだけど)ぐっときました。
もう一度観たいかと言われると、DVDで良いかなぁと思うけど、未見の方には是非観て欲しい。
自分の記憶の中で、一番幼い時の気持ちでね。

何だかんだ言って、正直で素直だった自分と向き合ってみるのも、たまには悪くないものです。
痒いし、痛いけどね。

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Posted by | 03:34 | Comment [0] | TrackBack [0] | パンドラの箱(映画評)

10 2008

ヨン様かっこいい

『太王四神記』が面白いのですよ。
ちゃんと毎週見てるわけじゃないんですがね。

というか、スジニ役の李智雅(イ・ジア)が素敵。
可愛い。つっても私より年上ですが。歳なんて関係ないわ。

いやはや、韓国ドラマも捨てたもんじゃありませんな。大陸的な感性というのは日本にないので、うらやましいなぁと思う。
まぁ、スペクタクルの規模が昼ドラになってしまうあたり、底が知れてるんですがw
ただ、だからこそわかりやすくて、何にも考えずに見れます。

やっぱりDQ5だとビアンカ選んじゃうし、スジニを可愛いと思ってしまうのも仕方ない。

Posted by | 00:58 | Comment [0] | TrackBack [0] | 携帯より

06 2008

崖の上の耕一

たまにしか帰ってこない。
つーか、そうちゃんとこういちは反則だと思っt(ry

『ポニョ』楽しかったですよ。
評判だけ聞いて、食わず嫌いしなくて良かった。
非常に良かった。
素直な心で、大人フィルターを外して観るんだ。

Posted by | 13:32 | Comment [2] | TrackBack [0] | 携帯より

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